Messe in B op.172

先日、東京リーダーターフェル1925の定期演奏会にて、ラインベルガーのMesse in B Op.172を指揮させていただく機会に恵まれました。大好きな作曲家の一人でして、特にその古典的、伝統的で流麗な和声に魅せられ、これまでも何度か女声のミサ(in A, in g)を指揮したことがありましたが、男声は初めて。パイプオルガンとのリハーサルが30分だけ、という条件があって難しさも感じましたが、本番での皆さんの集中力は素晴らしく、良い演奏になったと思います。そして、この演奏会のプログラムノートにて私が書いた文章が「とある特定のブログの引用、リライトである」そして「その内容は間違っている」というご指摘を受けました。言い訳のようですが、練習に入る前に(他の作曲家と比して)情報の少ない作曲家の情報を書籍やネットで集め、メモを取り、そこからあたかも自分で知っていたかのように書いてしまったことついて、大変申し訳なく謝罪申し上げます。また、情報の正誤判断についてはどれだけ資料を集めようとも困難を極め、結果として今回のご指摘に至りましたらから、過去の偉大な作品を取り上げる、解釈する、伝えることの難しさを改めて感じたところです。指揮者は様々な知識を得て、総合的に演奏に生かされるべきだと考えていましたが、自分の専門はここにある楽譜から読み取り演奏し伝えることであり、様々な背景や知識は独学で知ったことで満足するより、きちんと研究家・専門家から学ばないといけないな、などと反省しているところです。そして、それらの正しい知識をどれだけ持った状態で演奏に臨むべきか、もしくは臨んではいけないのか、もう少し考えないといけないな、との考えを強めました。

アンコールで、Messe in B Op.172のGloriaとCredoの間に(我々にとっては唐突な感じで)挿入されているAve Mariaを演奏させていただきました。このMesseにAve Mariaが挿入されていること、Benedictusが非常に暗く感じる曲調であることなどは、Rhinebergerの当時の生活の境遇に拠るもので、大変に意味が大きいことであると考えられます。(これについても、私がここで拙い説明をすることは差し控えます。)アンコール前にこの曲を演奏すること(その意義や理由)について観客に説明すべきだ、とやはりお叱りを受けました。これについてはRhinbergerに特化した演奏会ではなく(しかも第1ステージでしたので)、第3、第4ステージと名演が続いた演奏会の流れ(その後のアンコール2,3曲目への流れ)などを重視したことを付記させていただきます。